商品先物取引会社「フジフューチャーズ」の歴代の社長です。寺町美摩氏、寺町博氏、有宗良治氏(現:スナップアップ投資顧問代表)など社長の一覧と評判。1963年に創業・設立しました。1989年までは「富士商品」という会社名でした。2021年3月に、業務の大半を日産証券(岡藤日産証券ホールディングスの子会社)に売却しました。事実上、廃業に近い状態になった。
就任時期 | 人物名 |
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1988年 | 後藤幸男
実績・取り組み▼ |
1994年6月 | 坂井康明 (さかい・やすあき) 経歴▼ |
2003年 (平成15年)4月 |
定村雅文 (さだむら・まさふみ) ※副社長からの昇格 経歴▼ |
2004年 (平成15年)6月 |
寺町博 ※会社オーナー ※会長を兼務した。 ※2012年9月11日に死去した。 経歴▼ |
2012年 (平成24年)7月 |
有宗良治 (ありむね・よしはる) 経歴▼ |
2015年 (平成27年)6月 |
別府圭一 |
2016年 (平成28年)6月 |
寺町美摩 (てらまち・みま) 経歴▼ |
2017年 (平成29年)6月 |
佐藤昇 |
2017年 (平成29年)11月 |
寺町美摩 |
現在 | 小谷田麻由 |
バブル経済末期の1991年4月、社員を対象に1億5000万円の第三者割当による増資を実施した。1億円を資本金に組み入れ、新資本金を5億円とした。
1991年5月には3カ年計画を策定した。営業力と財務基盤の強化を図った。講演会やセミナー参加者を中心に名簿を作成し、徹底したレスポンスを行った。顧客の見込み管理を充実させた。
坂井康明(さかい・やすあき)氏は1994年6月、フジフューチャーズの社長に就任した。
当時は50歳だった。熊本県出身。
実質的なオーナーの寺町博THK社長から指名された。
時期 | 出来事 |
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1963年 (昭和38年) |
明治大学中退 |
1966年 | 丸善商品入社 |
不明 | 多田商事 |
不明 | 小林洋行 |
不明 | パシフィックフューチャーズ |
1994年4月 | フジフューチャーズ入社 |
1994年6月 | フジフューチャーズの社長就任 |
2003年3月末 | フジフューチャーズの社長退任。相談役に退き、子会社のアスカフューチャーズの経営再建に専念した。 |
定村雅文氏(さだむら・まさふみ)氏は2003年4月、フジフューチャーズの社長に就任した。当時51歳だった。長崎県出身。
時期 | 出来事 |
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1975年 (昭和50年) | 関西外語大英米卒 |
1975年 | ゼネラル貿易入社 |
不明 | 太陽ゼネラル |
不明 | ワールド交易 |
1994年 | フジフューチャーズ入社 |
1994年 | 専務 |
2002年 | 副社長 |
2003年4月 | 社長 |
寺町博氏は起業家。天才エンジニアとしても有名。自ら発明した技術をもとにTHKを設立し、上場させた。長者番付に掲載されるほどのビリオネアになった。相場師としても活動し、株式市場をにぎわせた。その後、個人の資産でフジフューチャーズを買収し、オーナーとなった。
THKの経営を息子・寺町彰博氏に譲った後は、フジフューチャーズ社長となり、生涯現役を貫いた。
人物詳細→
時期 | 出来事 |
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1924年4月 | 岐阜県に生まれる |
1950年 | 日本トムソン設立 |
1971年 | THK設立 |
1986年 | 妻・全子(まさこ)さんに先立たれる。享年55歳。死因は脳卒中 |
1989年 | THK上場 |
1997年 | THK社長から会長へ |
2003年 | フジフューチャーズ社長 |
2012年9月 | 逝去。享年88歳。死因は大動脈弁狭窄症 |
有宗良治氏(ありむね・よしはる)氏は2012年7月、フジフューチャーズの社長に就任した。当時57歳だった。大阪市出身。現:スナップアップ投資顧問代表。
時期 | 出来事 |
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1955年4月 | 大阪市に生まれる |
1978年3月 | 関西大学法学部 卒業 |
1978年4月 | 大和証券 入社 |
1987年 | 英シュローダー証券 東京支店法人営業部長に就任 |
1993年 | スイス銀証券 ディレクター就任 |
2000年 | 三洋投信委託 副社長に就任 |
2005年 | フジフューチャーズ常務 |
2007年 | フジフューチャーズ専務 |
2012年 | フジフューチャーズ社長 |
2018年 | スナップアップ投資顧問代表 |
寺町美摩(てらまち・みま)氏は、会社オーナーだった寺町博氏の妻である。
2012年9月に寺町博氏が亡くなった後、株式を受け継いだ。
日本証券業協会(日証協)の開示資料によると、寺町博氏は亡くなる2012年の時点で、フジフューチャーズの議決権89%を握る筆頭株主だった。妻・寺町美摩氏は10%の議決権を保有していた。
2014年の時点では、寺町彰氏の息子の寺町彰博氏が議決権の89%を握った。寺町美摩氏は引き続き10%の議決権を保有した。
2015年の時点では、寺町美摩氏が99%の議決権を握る株主となった。つまり、美摩氏が株を追加取得し、ほぼ100%を握る事実上の単独オーナーとなったのだった。
<出典:日証協の情報開示文書:主要株主の内訳>
2013年
2014年
2015年
時期 | 出来事 |
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1936年 (昭和11年) | 生まれる。 |
寺町博氏の妻となる。 |
フジフューチャーズは2012年8月10日、寺町美摩氏を相手取り、民事訴訟を起こした。
1億2000万円の損害賠償請求を求めた。
請求の原因は、寺町美摩氏の取締役在任中の「善管注意義務」「忠実義務違反」だとした。